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  • 執筆者の写真Frontier Valuation

バックキャスト評価はありうるか

ここのところ、「バックキャスト思考」というワードを耳にするようになった。 バックキャスト思考とは、過去の実績、現状分析や課題から未来を考えるのではなく、「ありたい姿、あるべき姿」を描いたうえで、そこから逆算して“いま何をすべきか”を考える思考法のことである。 この対義語がフォアキャスト思考で、現状を分析してそのエヴィデンスを踏まえ、その取り巻く環境を踏まえて結論を導き出す手法である。 世の中には正解がない、あるいは正解を導くことが非常に困難な課題が山積しており、従来のフォアキャスト思考とは異なるバックキャスト思考を導入することによる問題解決が求められるようになっているというのである。 米国鑑定士協会の倫理規定では、評価額(結論)を指定して評価を受託することは、”評価人としてあるまじき行為”と規定されているから、バックキャストなアプローチでの評価は否定されていると考えて良いだろう。 例えば、ある機械を1億円と評価すると決めて評価作業に入ると、マーケットアプローチでは辻褄が合うような取引事例を探し、コストアプローチでは1億円が出るような耐用年数・残存年数を設定し、高く出そうであれば経済的退化で落とす...等ということをやるかもしれない。もちろん、現実と一致するのであれば文句が付けようはないのだが、”出したい価値”を出すために恣意的に数字を計上したり情報を取捨選択するのであれば問題があると言わざるを得ない。

何か問題が起こった時に後付けの理由で誤魔化したりした経験は大抵の方がお持ちであるだろうけど、気持ち悪くてストレスが溜まるのではなかろうか。 そういう意味では評価は全てフォアキャストであるべきと言えるのではないかと思うのだが、時々迷うこともある。

例えば公的な統計で出てきたインデックスであっても、どうも現実と乖離していると思わざるを得ないことも多い。最近は急激に物価が上昇しているようなものもあるが、感覚的に一般の市場をキャッチアップ出来ているか?と疑わざるを得ないことも実際にあるのが現実である。 そうするとバックキャストで考えざるを得ないというケースも生じてくるのが事実である。勿論、そうだからといってエヴィデンスも乏しいのに評価人が勝手に数字を作ってしまうようなことは避けなければならないし、そうでなければ恣意的なバックキャストということになってしまう。 それをバックキャストと言うべきか、あるいは反芻、再吟味と言うべきか分からないが、あまり硬直的に考えてもいけないことは間違いなく、恣意的に数字を作ってはいけないと言ったような基本的なフレームワークだけは外さないことが肝要であろう。


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