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晴れない7月

最終更新: 2019年11月27日

7月に入ってからというもの、傘の手放せない日々が続く。 梅雨の時期だと言ってもここまで雨が多いと言うことは例年ない。天候不順になれば影響が出るのは農産物であるが、案の定、野菜は値上がりが始まっているという。 天候不順の夏といえば1993年の夏である。今から26年前であるが、まともに晴れた日が1日しかなかった記憶がある。その"晴れた日"に試験の願書を出しに行って道に迷い、えらく日焼けしてしまった思い出があるからだ。 そのくらい天気が悪かった夏だから、その翌年、街中から米が消えた。 いわゆる平成の米騒動である。どこに行っても米はなく売っているのはタイ米だけ。炊飯器で炊くとあまりいい臭いがしなかったので、いつしかうどんばかりを食べるようになり、一日三食うどんだった日もあった。 それから10年ほど経ち、札幌の友人を訪ねて羽田から新千歳行きの飛行機に乗った。 当時はまだジャンボ機全盛の時代で、ボーイング747-400の便だと好んで2階席に乗ったものである。 その日も2階席の窓側に座り、新千歳に向けて降下していく風景を眺めていた。 真ん中の席に座った男性に話しかけられた。その男性は米穀商で、米の買付のためにこの便に乗ったという。 そして、話は"平成の米騒動"のことになった。 「あの時はね、米は全く不足なんかじゃなかったんですよ」と男性。 「確かに、東北地方の太平洋側がひどい不作だったけど、海から離れた福島の会津あたりは例年並みの採れて倉庫には十分お米があったんですよ」と。 当時は、 ガット(関税と貿易に関する一般協定)のウルグアイ・ラウンドで日本の米市場開放が俎上に上っていた時期である。 男性曰く、その不作を奇貨として米を隠し、渋々外国米の輸入を認めたとのことである。

これだけ情報が氾濫している日本で情報操作が行われていたとは俄に信じがたく、私自身も実際に見たわけではない。しかし、後に出会った米穀関係の方も同じことを話されており、どうやら事実だったと見て間違いないようだ。 今だったら、倉庫の中の米写真を誰かがTwitterにでもアップして隠蔽工作はバレてしまうかも知れない。とはいえ、空気に流されて米不足で頭がいっぱいになっている時にそんな写真を見ても「嘘だろ」で見過ごしてしまうかも知れない。 今後天気が回復するかどうか定かではないが、26年前と同じようであれば、来年の春頃、米はなくなるはずである。 そんなことを時々考えつつ、鬱陶しい曇り空を見上げる今日この頃である。


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