最近、不動産鑑定の分野では東京オリンピック・パラリンピック選手村跡地である「晴海フラッグ」の報告書をめぐり、論争が起こっているようだ。 評価の是非について私は専門外なので特には触れないが、評価書の形式がひとつの問題にされているという。 不動産鑑定の場合、不動産の鑑定評価に関する法律とその行為規範と理論的基礎を定めた不動産鑑定評価基準により評価を行うこととされており、不動産鑑定評価基準に則った評価を行いその評価結果について不動産鑑定士が評価報告書を作成し、不動産鑑定業者が評価書を発行することになっているが、評価基準に則していない評価つまり、一部が評価基準を満たさない評価を行った場合は「不動産鑑定評価基準に則らない価格調査等」になるとされている。 不動産鑑定士の話では、不動産鑑定評価書に類似したこうした報告書は不動産の鑑定評価に関する法律の範疇ではないとのことである。 この辺は機械設備(動産)評価の鑑定評価の場合と異なる点である。 機械設備評価の場合は、国際評価基準(IVS)に準拠して行うが、厳密に言うとIVSはプリンシパルベースと呼ばれ、評価の概念的なフレームワークが示された抽象的なものであり、それだけで実務を行う場合にはやや不足がある。そのため、実務の面では米国鑑定評価統一基準(USPAP)の規定を準用している。機械設備評価の資格を付与している団体である米国鑑定士協会(ASA)がUSPAPの提唱者でもあるため、ASAの評価メソッドと関係性は深く、日本国内でASAの資格者として活動しているメンバーも機械設備評価においては実質的にUSPAPを準用する形で評価書を作成しているし、評価人の資格審査もこの形式を基準に行われている。 USPAPの場合、カーブアウトつまり、一部基準に適合しない評価を行った場合でも、USPAPの適用の範疇から逃れることはできず、評価人は基準との異同点や基準を逸脱したことによる影響について説明を行う義務を負う。前提条件や仮定についての説明、価値の定義、用語の定義の説明に加え、評価人の宣誓書や経歴についても添付する必要がある。これは、鑑定評価書の形式はもとより口頭で評価結果を伝えるような評価業務を行った場合にも適用されるというから(口頭のみでの評価報告など、実際に行ったことはないが。)、評価人は評価業務を行った場合、どのような形式であれ責任を負うことになり、逃げ道はないということになる。 そもそも評価というものは評価対象を完全に確定して、評価対象の状況を正確に把握して行うことが理想であるが、現実にそれは困難である。USPAPでは近年基準改定が行われ、それまで設けられていた、「完結型評価報告書」というカテゴリーがなくなった。現在は「要約型」「利用制限付」の2つのカテゴリーになっている。 「完結型」の評価書は非常に厳密な説明が要求されるため、インスペクション等も含めた調査が長い時間と十分な費用をかけて行われる。従って評価人にとっては評価人人生の中で1度経験するかどうかというレベルのものであり、実用性に乏しいことが廃止に至った原因であると仄聞している。 いいかえれば、ほぼ全ての鑑定評価は"スピーディーで経済的に"という社会の要請に、ある程度のところを仮定や想定条件に委ねる形で応えている。しかし「要約型」「利用制限付」の実際の線引きは非常に難しく、評価人がその業務で作成する評価書は全て評価基準の制約下にあるした方が、理解しやすい。 こうして日本の不動産鑑定評価基準とUSPAPの基準を並べて書くと、優劣という方向に議論が持っていかれがちであるが、そうした議論は意味がないと思う。日本の場合は鑑定評価が法律によって定められ行政官庁が評価サービスの利用者に対してその品質保持に責任を負うのだから、評価人の資質についての管理や基準の線引きが厳格であるのはある意味当然のことである。一方の米国の鑑定評価にあるのは評価サービス利用者の自己責任という考え方である。基本的にどんな評価人を雇いどんな評価書を作るのかは依頼者の判断に任されている。評価人は依頼者や評価書の利用者に対し、評価人の資質や評価書に書かれていることの信憑性や妥当性を判断させるために、評価人の能力や評価の前提条件などの十分な情報を与え、説明を行う必要がある。政府が民間に関与することを嫌う土壌の国で生まれたものだから、そもそも依って立つところが違うのである。
今後は機械設備評価に関する行政の関与はどうなるだろうか。 これについては予測は難しい。機械設備の評価人が生半可な仕事をして社会に大きな損害を与えるようであれば、マスメディアから激しく糾弾され、行政官庁も規制に乗り出すかもしれない。 一方で、2000年代以降の規制緩和や「官から民へ」の流れに従い、独占業務を一部の資格者のみに与えることが社会的に許容されにくくなってきた。既存の資格についても独占業務の幅は限定的になってきており「不動産鑑定評価基準に則らない価格調査等」というカテゴリーが生まれたのもこうした社会情勢を背景があるものとみられる。そうした流れを考えると、機械設備評価は民間ベースでの自助努力でブラッシュアップしていかなければならないのではないかと考えている。
ASA認定資産評価士(機械設備) 松浦英泰
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