国、地方を問わず産業振興のための補助金は数々設けられている。
機械設備などの物品購入を対象にした補助金も多く、メーカーの中には補助金専門の営業部門を置く会社もあるほどだ。
そうなると、そうした補助金で取得した資産を評価対象として評価を依頼されることもある。完全ではないものの、評価に当たって注意すべき点のメモとして本記事をエントリーしたい。
1.圧縮記帳の問題
補助金でまず思い浮かぶ論点が、圧縮記帳の問題である。
圧縮記帳(あっしゅくきちょう、reduction entry)とは、国庫補助金や火災による保険金などの金銭を受けて固定資産を購入した際、その購入価額から補助金の額を控除して購入価額とすること。(Wikipedia)
あっしゅく‐きちょう〔‐キチヤウ〕【圧縮記帳】国庫補助金・工事負担金などの交付を受けて固定資産を取得した場合、その国庫補助金などに相当する金額を資産の取得原価から控除して帳簿価額とすること。税法によって認められ、課税延期の効果をもつ。(Weblio辞書)
評価を行う場合、基礎資料として資産台帳の提供を受けることが多い。この資産台帳に記載された価額を基にコストアプローチで新規再調達コストを算出する場合がある。
圧縮記帳を行っている場合、補助金相当額が購入価額と相殺された取得価額となってしまうため、この取得価額からそのまま算定した場合、新規再調達コストは過少になってしまうことになる。
従って、資産台帳を入手する際には圧縮記帳の有無を必ず確認すると共に、圧縮記帳があれば補助金相当額を控除しない購入価額の情報を入手し、評価作業に用いる必要がある。
機械設備の評価の場合は適用することが稀であるインカムアプローチにも関連するケースが考えられる。但し、近年増加している再生エネルギー関連の補助金の場合は固定価格買取制度を活用した発電事業に用いてはならないなどの制限があり、こうしたケースではそもそもインカムアプローチに馴染まない。
適用のケースも多くないと考えられるので本稿では割愛する。
2.当該資産の処分制限問の問題
ほとんどの補助金は、補助金によって取得した資産の処分制限が付されることを補助条件にしていることが多い。
処分制限の内容としては、譲渡や貸与の禁止が主である。例外なく禁止されるのであれば、そもそもこうした資産に公正な市場価値を付けることすら困難であるが、実際のところは補助金の交付者の許可があれば処分は可能とされていることが多い。但し、その場合でも補助金は税金を原資としているため、自由に換価てしまえば不公正を助長することになる。そのため、原則として補助金の全額または一部の返還を求められる。これは、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(補助金適正化法)において定められている。
(財産の処分の制限)
第二十二条 補助事業者等は、補助事業等により取得し、又は効用の増加した政令で定める財産を、各省各庁の長の承認を受けないで、補助金等の交付の目的に反して使用し、譲渡し、交換し、貸し付け、又は担保に供してはならない。ただし、政令で定める場合は、この限りでない。
根拠となる法令では上記のように定めており、各省庁では省令を定め、通達を出している。 一例として、経済産業省ではこのような形で公示している。
また、補助金を交付している事業においても個別に交付の条件を要綱にまとめており、上記の通達のほか、個別の補助事業についても調査する必要がある。
従って、評価対象がどの補助事業によって取得した資産なのかを聴聞によって特定し、採択決定の通知や各省庁が発表している採択者一覧も確認すべきであろう。
評価の依頼目的や依頼の背景となる条件によっては返還の要否や返還額にも差異が生じてくる可能性も考えられるため、処分承認基準の確認や場合によっては補助事業の担当者にも確認する必要がある。
実際に補助事業で取得した資産の処分に関与した経験のある方にも話も伺ったところ、処分は比較的にスムーズに認められたが、やはり補助相当額分の返還条件は付されたという。
全体としては、対象資産の流動性や市場性が著しく阻害されるとはいえないものの、補助金返還相当額についてはコストアプローチであれば経済的退化(E/O)、マーケットアプローチであれば別途取引コストとしてペナルティ計上する必要があると考えられる。 その他、補助金返還相当額を算定する際、基本的には上述の基準を参考とすべきであるが、対象資産の耐用年数も基準を参考にして求めるべきである。この時、コストアプローチの物理的劣化の項目で行う経過年数/耐用年数の分析の耐用年数と異なる耐用年数が採用される場合が多くなるであろう。時価評価においては実態に即した耐用年数を求める必要があり、税法上の償却年数に必ずしも拘束される必要はなく、むしろ税法上の規定を安易に適用することは避けるべきである。従って一つの資産の評価で2つの異なる「耐用年数」が登場することになるが、上述のような目的の違いから、異なる年数が適用されたとしても問題はないといえる。 なお、評価対象の譲渡価格が著しく低額である場合、評価額(不動産鑑定評価等)を返還額算定の基準にするとされている。この場合の評価は対象資産の公正価値(公正市場価値)そのものを把握することが目的であるから、補助金の返還額を考慮する必要はない。機械設備の公正価値評価がまだ市民権を得ていない現状では通達に記載されてはいないが、最近日本資産評価士協会(JaSIA)所属の評価人が財務省関係や裁判所から業務を受託しており、こうした評価の依頼を受ける可能性はあるだろう。
3.評価書での記載
当然ながら、これらは評価書にも記載すべき事項である。ただ数式を羅列して何も説明なく「補助金返還相当額」をマイナスするのではなく、評価プロセスで収集した情報(対象となった補助事業、補助金返還が必要だと判断した根拠など)は最低限記載しておく必要がある。 補助事業によって補助を受けた資産(不動産以外の動産)の評価について、基準やガイドラインはなく、評価人自身が判断することになる。動産の評価は容易にマニュアル化できる物ではないので経験知を重ねていく必要がある。一つのメモとして本稿を参考にして頂き、ASA評価人各位に更に経験知を積み上げて頂ければ幸いである。
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