8月5日の日本経済新聞朝刊1面に「企業、損失リスク積極開示」という記事が掲載されました。2021年3月期からKAM(Key Audit Matters)の記載が義務づけられるため、それまで「適正」か「不適正」といった簡略な表記に留まっていたものがより詳細な説明に変わるというもので、これにより、投資家など利害関係者の判断に役立てようという狙いがあります。
前提あっての結論
機械設備や不動産の評価でも企業会計絡みの案件がありますので、評価にも少なからず影響はあるのではないかと思います。 評価でも依頼者からいちばん注目されるのは数字、つまり評価の結論としての価値(不動産鑑定の場合は価格)です。が、我々評価人の立場からすれば、きっちり前提条件を踏まえた上で価値をみて欲しいというのが本音です。
数字にできない要因もある
あと、評価の立場としてもっとも苦しむのが、数字にできない事実をどう伝えるかということです。評価として数字にするためにはそれなりの根拠が必要です。特に将来予想を数字にすることは至難の業です。インカムアプローチの場合は「不確実性」として、なんでも「割引率の中で考慮した」ことにするテクニックが使われたりします。その他の評価アプローチでも明確な説明なしに「市場性の悪化を見込んで▲10%」などと書かれていることが往々にしてありますが、こうした記載の仕方では追加の説明を求められたときに質問者に納得してもらえる説明ができなくなってしまいます。ですから、説明性に乏しく、説得力を落とすこうした記載はなるべく避けるべきです。
ただ、確かに、現場を見て肌感覚で感じるような定性的にはわかるけど数値にしづらいようなファクターが存在するのは事実で、これを全く説明しないというのは評価の担当者として何か心にモヤモヤが残ってしまいます。こんな実体験から、数字には表れない、定性的なリスク開示の必要性は高いと常々感じていました。
正確な将来予測は不可能
とはいえ、将来予測というのは難しいもの(というよりほぼ不可能)です。
先日、以前評価を担当したプラントが騒音や悪臭で周辺住民とトラブルを引き起こしているというニュースを目にしました。
評価を実施した際、保守管理を担当しているエンジニアから、技術的な優位性や経済性が優れているという説明は受けていたのですが、立地や他の同様のプラントの情報、実際に周辺住民からクレームが出始めていて対策を行なっていたことなどから、事業リスクは高いと考えていました。そこで考え得るリスクは一応評価書に記載しておいたのですが、ニュースを目にして予想よりかなり強く悪影響として出ていると感じました。
基本的に将来の予測、しかも結果まで正確に予測することは不可能です。そのため合理的な推定に頼らざるを得ません。去年の今頃、東京オリンピックが延期になると予測していた人はいなかったでしょう。しかし、今年の春であれば「少なくとも今年オリンピックをやるのは無理」と考える人はいたのではないかと思います。一方「パンデミック」という事象が起こりうることはSARSやMARSの頃から可能性として考えられてはいました。だからといって今年COVID-19に見舞われると去年夏の段階で正確に予測できた人はいないでしょう。
リスクの開示は大切なのですが、それが具体的、現実的にどう資産の価値に影響するかの予測には限界があるということも広く知ってもらう必要はあるかと思います。
フロンティア資産評価研究会 松浦 英泰
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