現在は、米国鑑定士協会のValuing Machinery and Equipment: The Fundamentals of Appraising Machinery and Technical Assets 4th Edition, Updated 2020で会計目的での評価における価値の種類である「Fair Value」の定義が定められています。
年度末を控えると、減損会計に関する動産評価の仕事が増えてくる。
減損評価の仕事は企業会計に密接に絡んでくるので、会計基準に合致した評価を行う必要がある。不動産鑑定の場合は日本不動産鑑定士協会連合会がガイドラインを発表しているため、不動産鑑定士はそのガイドラインに従って評価作業を行えば良いのであるが、動産評価の場合はそこまで体制の整備が整っておらず、評価人が自分で会計基準を読み込み、文献を参考にしたり経験者にヒアリングするなどして、どのような結論に持って行くか筋書きを作らなければならない。しかもその筋書きを監査のチームに認めてもらわなければならないので、非常に骨の折れる作業になる。
ところで、固定資産の減損で求めるべき、価値の種類はどの価値になるのであろうか。
米国鑑定士協会(ASA)のライセンス保持者であれば、評価原論の基礎講座で学んだ価値の種類の中から評価目的に照らして最も適切だと思われるものを選択することになる。 減損においては「回収可能価額」を求める必要があり、「回収可能価額」は、「売却費用控除後の公正価値」と「使用価値」のいずれか高い方と定義されている。多くの場合キャッシュフローがマイナスの状態で減損の手続きに入るので、キャッシュフローに基づく「使用価値」を求めることはほとんどなく、「売却費用控除後の公正価値」の評価を求められることになる。
問題は、「売却費用控除後の公正価値」がASAで定める価値の種類のどれに当てはまるかである。
評価の草創期に、当研究会の前身である有限責任事業組合日本動産評価フロンティアで減損にかかる評価を依頼されたが、この時は日本資産評価士協会(JaSIA)が日本で評価人養成を始める前に自ら米国でASAのライセンスを取得された方の指導を受けた。この時には公正市場価値-撤去前提(FMV-removal)つまり、公正価値での切り売りを前提としたの価値を採用するように指導があった。以来、公正価値での評価を採用してきた。
一方で、最近では一部で通常清算価値(OLV)を求めるべきであるという考え方を支持する評価人もいるようだ。確かに減損のシナリオで考えてみれば、収益の上がらない事業から撤退し生産設備を売却して看過できる金額が正味の資産価値と考えることが出来るので、「処分価値」を現すものとしてOLVを求めることは、時価会計の本質に沿った考え方といえるので、有力であると考えられる。 OLV説には現実の社会掲載情勢にカレントな対応ができるという面で有力ではあるものの、弱点もある。というのは、そもそもOLVは公正価値ではないので「売却費用控除後の”公正価値”」とするには少々無理があるからである。 公正価値の詳しい定義についてはここでは省略するが、大まかに言えばその資産について十分な知識を持つ売り手と買い手が何ら強制されることなく、売り手、買い手を探し十分な情報を浸透させられるだけの時間を与えられることが成立の条件になる。
弊会のサイトでご紹介している価値の定義は日本資産評価士協会のPOVテキストに掲載されているものであるが、公正市場価値-撤去(移転を伴う)は次のようになっている。
Fair market value—removal/公正市場価値-撤去(移転を伴う)
自発的な買い手と自発的な売り手が、いずれも売買を強制されることなく、双方があらゆる関連事実を十分に知った上で、双方に公正に取引を行う場合に、当該資産が別の場所に移動されるとの前提で、資産に対し合理的に期待され得る、特定日現在における金銭的に表示された予想額である。
一方、通常清算価値(任意清算価値)は次のように定義されている。
Orderly liquidation value/任意清算価値
売り手が現状有姿での売却を余儀なくされる場合に、買い手を見つける合理的な期間があるという前提で、清算売却により一般に実現され得る、特定日現在における金銭的に表示された予想総額である。
公正価値と清算価値の最も大きな違いは、売却の強制があるか否かである。
通常清算価値は、ABL等の担保物件の回収可能価額を求める場合に最も適した価値であると考えられる。担保の場合、コベナンツによって融資条件が定められ、返済が不能となれば換価することになる。競売のように短い期間で契約不適合責任免責、物件の詳細な説明義務も免責となれば、手を出すのはよほどの玄人のみで、しかもバルクセールのように安値で一括ということになる。ただ、貸手としては貸したものは1円でも多く回収したいから、ある程度の時間を与えて資産を良い値段で売却し、返済に充ててもらおうというのがOLVの趣旨である。
但し、実務上は正味の回収可能価額を精緻に予測するため、OLVから更に売却経費を控除した純通常清算価値(NOLV)を求めることが主流となっている。
清算価値と公正価値の違いは分かりにくい。また、概念的に分かったとしても具体的にどのような差があるか、定量的に求めることは至難である。
先日の当研究会コラムで紹介されている、「PPAの評価 無形動産・動産の基礎から実務まで」P154に書かれているOLVの説明がわかりやすいので以下に引用する。
通常処分価値(Orderly Liquidation Value)
ある資産がその資産について十分な知識のある売却希望者と購入希望者間で,強制される状況のもとで取引される場合の推定金額である。また,その売買は,購入者を探すのに比較的短期間の時間が与えられた条件で販売されることを想定している。
これを読む限り、清算価値(処分価値)の場合、ある程度の期間が与えられているとはいえ、公正価値より短い期間といえるだろう。したがって、公正価値より早期売却を迫られる分、減価を見る必要がありそうだ。 また、同書ではFair market value-removalを切り売り前提の公正市場価値と表現しているが、想定している取引もしくは価値の水準を「同業他社などもしくは転用できる他業界の会社による相対取引、中古設備ディーラーの再販売価格相当」、通常処分価格を中古ディーラーの下取り価格(Trade-in price)と説明している。
結論としては、一刀両断でどちらが正解でどちらが間違いとは言い切れない。 よりリアルな回収可能価額を追究するならOLVが妥当であるだろうが、減損のフェイズでは資産の売買が必ずしも強制されるわけではなく、「売却費用控除後の公正価値」を文言通りに捉えるならFMV-removalの方が妥当と言える。 この辺りは一評価人の判断にすれば企業間の比較可能性を毀損することにもなりかねないので、統一的なガイドラインなどが出来れば有り難いところである。
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