2020東京大会をめぐるあれこれ

 商標が絡む呼称を使ってはいけないとのことですので、「2020東京大会」と書きますが、紆余曲折の末いよいよ始まります。


開会直前までドタバタ劇

 思えば、競技場に始まり、エンブレムの問題、組織委員会の会長、開会式のプロデューサー、さらにここに来て開会式のスタッフの問題で、誰かが問題を起こしつるし上げられては消えていくということが繰り返されており、本当にウンザリします。

 昨日の午後、NHKで大河ドラマ「いだてん」の総集編が一挙に放送されていました。  後半の主人公は1964年東京大会の組織委員会のトップだった田端政治さんだったのですが(フィクションですが)、日中戦争の悪化で1940年に幻となった東京大会開催の是非を巡り、嘉納治五郎さんに「今の日本はあなたが世界に見せたい日本ですか?」と問いかけるシーンがあり、開会式前日のこの日の状況を予言したかのような台詞がコロナ禍前に書かれたことを思うと、驚きを禁じ得ませんでした。

ESGのSとGが足りない

 このドタバタ劇を見た著名な方が、ESGのSとGが日本には決定的に欠けていると指摘されていました。「S」は社会:Social、そして「G」はガバナンス:Governanceを現します。

 確かに日本でもESG投資が叫ばれていますが、融資などはほとんど太陽光発電に回ってしまっています。ESGで言えば「E」の部分です。逆に言えば、SとGの投資先といって何を思い出すかと言えば、思い当たるものがないというのが現実ではないでしょうか。  2020東京大会で問題になっている、スタッフの過去のいじめ(というより暴行・虐待といった犯罪行為と言った方が良い)やホロコーストを笑いのネタにするようなことは、ご指摘の通り、Social、Governanceに対する意識の低さであると言えます。  特に1990年代頃まではSocial、Governanceに対する意識は非常に低かったと思います。「ルール通りにやっていたら社会は成り立たない」「少しくらいは良いだろう」などと言って飲酒運転を平気でやっているような人もいました。最近はそのあたりは厳しくなりましたが、やはりどこか昔の意識が残っていることは確かだと思います。


変わることができるか?

 「日本人はお行儀がいい」などと言って自慢する意見もありますが、今回のドタバタ劇が世界に報じられてしまった今では恥ずかしくてそんなことはとても言えない心境です。  「日本人はお行儀がいい」と言われるようになったのも実は1964年の東京大会の頃からだったという説があります。それまでは列に並ぶことをしない人も多かったそうで、海外から多数のゲストを迎える機会に習慣づけさせたというのです。確かに、年を経るにしたがってマナーについてあれこれ言われることが少なくなってきたように思います。  ただ、各人が紳士的な振る舞いにまで落とし込めていたかと言えばそこまででなく、今回の騒動につながってしまったのでしょう。本来であれば、開幕前に準備万端整えたかったところですが、これからの課題として、日本人が変われるか試されているのかもしれません。

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