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執筆者の写真Frontier Valuation

信頼が前提条件~米大統領選の騒動から

アメリカ合衆国の大統領選挙は今月3日に投票が行われたが、開票に手間取り現地時間の7日夜になってようやく民主党のジョー・バイデン氏が勝利宣言を行った。 現職のトランプ大統領は選挙結果を受け入れず、法廷闘争も辞さない構えを崩していない。 トランプ氏は選挙に不正があったと主張しているが、NHK等で伝えられている現地の専門家の見解では具体的な証拠に乏しく、法廷闘争に訴えてもそれが通る見込みは薄いようである。だた、トランプ氏の熱狂的な支持者は選挙の不正を訴え続けており、このまますんなりことが収まるかどうかはまだ分からない。 伝え聞く範囲では「選挙不正の証拠はない」ということだが、証拠がないのに選挙の不正を訴えることは民主主義の根幹を揺るがす自体である。 第一、選挙の不正がないことを証明するのは容易ではない。たとえばペンシルベニア州の有権者数は約900万人でこれを一つ一つ証明することは困難で有り、トランプ陣営は時間切れで例外規定に持ち込もうという考え方のようだ。しかしながら、大統領選挙は4年後にも必ず行われ、選挙に対する疑惑の目が根強く残るようであれば次回以降の選挙に影響が出ることも考え得る。選挙では多数の票を短いうちに集計する必要があるため、公正さを確保しながらも迅速な対応が必要であり、システムに対する国民の信頼がなくてはならない。疑わしいと言ってアレもコレも確認するという事態になれば、選挙で選ばれた当選者に対する信頼がなくなり、ひいては選挙自体が成立しなくなる恐れがある。 信頼がいかに大事かということを日本でも感じさせられたことがある。 これは建築士から聞いた話だが、15年ほど前に社会問題となった耐震偽装事件の後、建築士に対する信頼が失われ、建築確認の手続きが建築士の資質の関わるようなところまで立ち入られるようになってしまい、時間がかかるようになってしまったという話である。 この事件は一人の建築士の不正行為だったという見方が有力だが、当時は衝撃が非常に大きかったため、(過剰反応とも言える対応ではあるが)建築士全体に疑いの目をかけられる事態になってしまった。 「当然こんなことはしないだろう」という前提に頼り切ってしまってはいけないのだろうが、疑いだして一つ一つ証明が必要となると円滑な社会活動が実現できなくなり、大多数の誠実な人に余計な負担が課されることになる。 当然ながら我々の世界でも同じように暗黙の信頼で成り立っている部分はある。

話を元に戻すと、アメリカ大統領選挙も開票に時間を要し、日本の知識人からも「アメリカの選挙制度は杜撰だ」と指摘する声が上がっていた。しかし、アメリカの選挙制をに詳しい人の話では、問題となっている郵便投票でも、重複投票を排除することは勿論、本人確認も非常に厳格で、ネット上で流布されている「数百万票の多重投票」といったことは起こりえず、投票に時間がかかっていること自体、手続が厳格であるがゆえの現象であるとのことである。明確に大規模な不正があって選挙が歪められたのであれば、当然選挙は否定されなければならないが、同時に、根拠がないのに不正を訴えることも慎まなければならない。   誰が選挙に選ばれるかが目下の焦点ではあったが、それにこだわりすぎて制度を破壊するようなことがあってはならない。どちらの候補者が勝っても構わないが、後々に尾を引いて社会経済に悪影響を及ぼすような終わり方だけはして欲しくないのが希望である。

 

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